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オリジナル/短編集/家族の肖像シリーズ 第2話 page5


 

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 「もう、お熱ないよね? お兄ちゃん」
ぼくはミルクの入ったマグカップを机の上に置いて、お兄ちゃんの額に手をあててみた。
お兄ちゃんの額は、少し暖かくて、じんわりと汗をかいていた。まだちょっとお熱があるのかも。
 身体の具合が悪い間は、お兄ちゃんのお部屋にパパは来なかった。
お兄ちゃんのにゃんこの声も聞こえてこなかった。
でも、昨日の夜は――
朝まで、ずっと、ぼくはにゃんこの声を聞いてた。
にゃんこの声を初めて聞いたときより、ずっとずっと、声は大きくて、はげしくて。
ぼくがいくら耳をふさいでも、部屋の壁を通り抜けて聞こえてきた。



――真夜中のにゃんこの声を聞いてると、ぼくはねむれなくなるんだ。
パパがお兄ちゃんにしてること、目をつむると頭の中に浮かんでくるんだ。
お兄ちゃんが、パパに甘えてるところが、浮かんでくるんだ。
そしたら、ぼくの胸が苦しくなる。どきどきして、眠れなくなるんだ。



 ぼくは、お兄ちゃんの頭を抱っこした。ぼくの胸のところにお兄ちゃんの頭をぐーってくっつける。
お兄ちゃんの身体がびくって動いた。
「雅矢? 」
ぼくは、お兄ちゃんの顔をじーっとみた。
――新しいお義母さんと初めてこの家に来たときのお兄ちゃんと、目の前のお兄ちゃんは、本当に同じお兄ちゃんなのかな。
パパに甘えてにゃんこになるお兄ちゃんと、一緒にキャッチボールをして遊んでくれたお兄ちゃんと、どこが違うんだろう。


「ロープ、ほどいたらパパに怒られちゃうから、ごめんね。お兄ちゃん」
パパの残したメモに、お兄ちゃんの部屋に入っちゃダメって書いてあったんだ。お兄ちゃんに触ったらダメって。
 だから、お兄ちゃんの手をぐるぐるまきにしてるロープはほどかない。
でも。
「きれいにしたげるね。お兄ちゃん」
お兄ちゃんの口元にこぼれたミルクを、ぼくはベロでぺろっとなめた。
「…まさや…?」
「パパがお留守の間、ぼく、パパの代わりになってあげる」
お兄ちゃんの身体が、またびくって動いた。
パパのロープのおかげで、お兄ちゃんはぼくから逃げられない。

前はパパにお兄ちゃんのように抱っこして欲しいって思ってた。
でも今は、パパみたいにお兄ちゃんを抱っこしたいって思ってる。
ぼく、おかしいのかな、あたまへんになっちゃったのかな。


「お兄ちゃん、にゃんこになってよ」
ぼくは、お兄ちゃんのほっぺたやお口の周りをぺろぺろとなめ続けた。
「どうしたら、お兄ちゃんにゃんこの声で泣いてくれるの?」
ぼくは小さな手のひらで、お兄ちゃんの身体をなでていく。
「やめろ、雅矢、 やめて……」
お兄ちゃんの声が聞こえる。
「甘えてよ、パパに甘えるみたいに」
ぼくの手のひらがお兄ちゃんのおっぱいにさわった。
「ああ…ッよせ まさや…あぁ」
お兄ちゃんの声が、ほんの少し、にゃんこに変わった。

「みつけた。 お兄ちゃん」
ここが、お兄ちゃんがにゃんこになる場所なんだ。

パパみたいにはできないけど、いいよね、お兄ちゃん。だって、ぼくまだ子供だもん。

お兄ちゃんが泣いてる。涙が、ぼろぼろこぼれてる。
にゃんこの声で、お兄ちゃんが泣いてる。

ぼくは、お兄ちゃんの涙を、ぺろり、となめた。



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オリジナル/短編集/家族の肖像シリーズ 第2話 page5

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