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オリジナル/短編集/迷いの森



そこは、チコリの森と呼ばれる場所だった。
ニサの住むカチェの村から、谷ひとつ越えたところにある。
チコリの森にはいにしえの魔女が棲むと、村の老人達が話す昔語りを、ニサは小さな頃から聞かされてそだった。

 遥か昔、魔女の予言に異を唱えたは国は瞬きひとつで一晩で消え去ったとも、魔女の歌声が世界を何十年も嵐に閉じこめたとも言われ、決してチコリの森には近づくことはならない。
魔女を怒らせると、どんな災いが降りかかるか誰も判らないのだ、と、老人のしわがれた声で語られる物語は幼かったニサを震え上がらせたものだった。
 
 実際のところチコリの森は、迷いの森とも呼ばれ、 複雑に絡み合ったツタをよけつつ進む獣道が幾筋も入り乱れ、気がつけば同じ場所をぐるぐると歩き回る羽目になった。
森の中では方向を示すあらゆる道具が使えず、背の高い木々のうっそうと茂った枝々が頭上を遮り、天空を仰ぎ見ても星一つ見えず位置を知ることも 今が昼であるのか夜であるのかすら判らないのだ。
 大の大人でも迷い込んでしまうチコリの森に、子供達が近づかないようにするために代々続く老人達の昔語りだった。



 そのチコリの森に、ニサは迷い込んでいた。
谷向こうのエレの村の商店まで、狩りでしとめた獣のなめし革を卸しにいった帰り道、いつもならばさけて通る獣道に入り込み、気がつけばチコリの森奥深くまで入り込んでしまっていた。
 ニサは一緒に歩いていた三つ年下の弟分ナットともはぐれて、昼間でも薄暗い森の中をさまよっていた。


 短剣を手にニサは目の前をふさぐ太いツタを払いながら歩いていた。
いくら切りひらいても森の出口にはたどり着けない。
もうずっとニサはナットの名前を呼びながらひたすら歩き続けていた。

 この森の様子ははカチェの村の側にあるシートの森とは正反対だ。
木漏れ日の差すシートの森の奥には清めの泉という名の美しい水場がある。
その水はからだの傷を癒すちからがあると言われ、村人や森で生息する動物たちの大切な水場になっていた。
しかし、この森は異様な臭気が漂い、足を一歩進めるたびにぬかるんだ地面にずぶりずぶりと足が沈んだ。
周囲に何かが潜んでいるのか、がさがさと草むらが音を立てている。そのたびに緊張してあたりに目を配る。
「…花も咲いてねーし鳥もいねーしっ、くせーーしっ!!!ここはなんなんだ!」
怒りにまかせて押しのけたツタが勢いよく目の前に跳ね返り、したたかに額を打ったニサは悪態をついた。

 森の中は薄暗く視界がより一層悪くなってきていた。
ニサは腰にぶら下げていた簡易カンテラに火を入れる。
灯りに誘われて寄ってくる羽虫を追い払いながら、火種が燃え尽きるまでにナットを見つけて森を出ることが出来るだろうかと、ニサは不安に駆られていた。


もともと、こんな場所に迷い込む羽目になったのはナットのせいだった。

 
 ナットはエレの村でミシャという小さな動物を買った。
 ミシャは百年ほど前に、大陸各地を旅するキャラバンの手でカチェの村のあるこの国にはいってきた。
もともとが隣の大陸に生息するミシャは、この国の他の動物たちのどれとも似ていない。
 子供の小さな腕に抱きかかえられるほどの大きさの、白い毛皮と綺麗なオレンジの瞳をもったそのミシャを飼うのが、ナットの小さな頃からの夢だった。
 エレの村は王都に続く街道に面していて、昔からカチェの村のような田舎にははいってこないような商品が商店にあふれていた。
その店頭で檻に入れられたミシャをナットが見たのは、父親に連れられてはじめてエレの村を訪れた八つのころだった。
 はじめて目にするその白い生き物のはいった檻にナットは指先を差し出すと、それは「みゅぅ」と小さく鳴いてナットの指にじゃれついてきた。
「すごく、かわいかったんだ、毛皮なんてふわふわで、おいらを見てみゅぅってなくんだ、そしておいらの指をぺろぺろなめたんだよ」
ことある事にナットはその時のミシャの話をした。
「そんなものは、王都の貴族か金持ちのもんだろうよ。そんな道楽オレ達には必要ない」
ニサに言わせれば、動物は狩る対象かその為の道具であって、ただかわいがるためにだけ動物を側に置くなんて無駄なのだった。
ニサのつれないあしらいにナットはふくれっ面だが、三日もするとまたミシャの話をしてニサに煙たがられるのが常だった。


 ミシャの魅力に取り憑かれたのはナットだけではなかったらしい。
エレの村のミシャは入荷すると必ずすぐに売れていった。
買うのは村の人間ではなく、街道をくるよそ者だったが。
 田舎のエレの村に納められるミシャは、毛並みがあまり良くない二級種だったが、それでもかなりの高価がつけられていた。
食べていくだけが精一杯のナットの父には、ミシャを息子に買い与える余裕などない。
それを幼いナットも心得ていて、村の畑仕事や狩りの手伝いをしては小遣いをため、何年もかかってやっと今度のエレの村への使いで手に入れることが出来たのだった。
 店の親父からミシャのはいった檻を受け取るナットの横で、皮の売り上げで買った新しい短剣の木彫りの鞘をベルトに引っかけながらニサはあきれ顔だった。
「オレならその金で弓矢でも買うがなぁ」
壁にかかった銅の鏃の弓矢の束を顎で指し示して肩をすくめた。
 普段狩りに使う木の鏃よりも高価で、その分獲物をしとめる率が上がる。
ナットがミシャと引き替えに払った金でこの店の銅の鏃の在庫を買い占めることができた。
「そいつが狩ってくれるんなら別だがなぁ、ああ、反対に喰われちまうか」
 夢だったミシャを手に入れて舞い上がっているナットはニサの皮肉も耳にはいらないようだった。
ニサも、ミシャを手に入れるためにナットがかなり苦労して金をためたのを何年も間近でみていたのでそれ以上の言う気にはなれず、荷物の詰まった麻袋を背にかつぐとナットを追い立てるように店を出た。
 カチェからエレまで大人の足でまる一昼夜かかる。
 誰かが出かけるときに便乗して、買い物をするのが村では当たり前のことだったから、ニサ達の荷物には二人がエレの村へ出かける事を聞きつけた村人から頼まれた商品がはいっていた。
  ナットも荷物の詰まった重い麻袋を背負い、両手に檻を大事そうに抱えてニサの後ろをついてエレの村を出たのが、ほんの半日前の事だった。


 家路を急ぐ二人がチコリの森の側に来たときだった。
ミシャが突然激しく鳴き声を上げ、ばたばたと檻の中で暴れ出した。
「おなか空いたのかもしれない」
とナットは、店の親父からおまけだと言って渡された乾燥させたシセキの実を入れた巾着袋を取り出した。
「それ無くなったら何喰わせるんだ?」
草むらに座り込んで、檻に作られた小さい開閉口の留め金を外してミシャを外に出すナットの横に、ニサも同じように座り込む。
「んーと、ミクルとかリットの木の実でもいいんだって。シートの森で拾ってくる。あそこなら一杯あるし」
みゅーみゅーと甲高い声を上げナットの手の中で、もぞもぞと忙しなく動くミシャの口にシセキの実を運ぶが、エサから顔を背けるようにもがき食べようとはしない。
「あれぇおっかしいなぁ」
「水でふやかした方がいいんじゃないか、頼まれた中になんか水気のあるやつはいってなかったか」
ニサが背負っていた麻袋をおろし中を漁る。
 首を傾げながらなおも実を口元に運ぶナットの指先に、いきなりミシャが噛みついた。
「痛っっ」
突然の激しい痛みに、ナットは声をあげ思わずミシャをつかんでいた手の力を抜いた。
そのとたんミシャの白い胴体がナットの手からするりと抜けおち、素早い動きで森の木々の中へと駆け込んでしまった。
「ああっミシャが」
「ナット!そっちはだめだっ」
ナットははじかれたように立ち上がりミシャの後を追って森へ走りだした。
ニサもあわてて立ち上がり一瞬の躊躇の後森の中へ入っていった。


そして。

 ミシャを追いかけるナットの姿を見失いニサは森の中をさまよい歩いていた。
 カンテラを持つ片手が使えない分、道をふさぐツタや枝を切り払うのに手間がかるようになり、なかなか前に進めない。
周りの草むらががさがさと音を立てるたびに、びくりと身をすくませて立ち止まる。
 耳慣れない動物の咆哮もかすかに聞こえてくると、普段は忘れているいにしえの魔女の昔語りが頭の中によみがえってくる。
そんな魔女なんていやしない。
爺さん達の子供だましの作り話だとは判っていても、この森のじめじめとした陰鬱とした雰囲気が、魔女の一人も潜んでいるのではないかと思わせる。
 自分ですら恐怖に取り憑かれているのだ、魔女の話を信じている小さいナットはどれほど怖い思いをしているだろう。
「畜生っ」
毒づきながらニサが再びツタを切り払い歩み始めたとき、かすかにミシャの小さな鳴き声が耳に入ってきた。
「こっちか?」
 ミシャの声に導かれるようにニサは進む。
やがて徐々に大きくなるミシャの鳴き声に混ざるように、聞き覚えのあるナットの声が混じり出す。
ミシャの側にナットがいる。
その事実にニサの足取りが速くなった。あたりに漂う臭気がいっそう強くきつくなっていく。
ナットの声は泣いている様に聞こえた。
ニサはナットの名前を叫びながら枝を払い続け、やがて切りひらかれた広い場所に飛び出した。
 
 広場のようなその場所の真ん中にミシャが座っていた。
周りには見覚えのある麻袋が切り裂かれて中身が散らばっている。
ミシャは全身を総毛立たせて、上空を見上げていた。
その視線の先にニサが目をやると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 ナットのからだが空に浮かんでいた。
周りに灯りなど無いのに、ナットの身体のあたりはぼうっとした光に包まれている。
 破れた服の間に周りの木々からのびた太い蔓が絡まりつき、大きく体を開いたナットを引き上げ上空に浮かせている。
ナットの身体はまるで太い楔で貫かれた様に見えた。
 その楔は雨の日に木の枝を這う虫の胴体を大きく太くした様なものに似ていた。
それ自体が生きているように脈動を繰り返している。
ナットの頭部側から伸びたそれは口の中に差し込まれ、下半身側から伸びたものは尻の中に潜り込んでいた。
  それ以外にも大小さまざまな蔓とも触手ともつかないものがナットのからだの至る所に巻き付いていた。

 薄いナットの胸元をはい回る蔓の先端が、小さな乳首にじゅるじゅると吸引する音をたてながらへばりついている。
それが一瞬離れたすきに別の蔓が乳首に吸い付く。
獲物を奪われた蔓はもう一方の乳首に吸い付こうとするがそこにはすでに別の触手が糸のように細く巻き付いていた。
だがかまわずにわずかに飛び出した先端に吸い付いていく。

 口をふさがれていたナットはうめき声を上げ、その触手が中からずるりと抜け出ると、飢えたように舌をつきだし空気を吸い込む。
触手の先端は男の性器の形に似ていた。
その先端からまるで精液のような白い液が垂れている。
 先端の一部が細く伸び、ナットのつきだした舌にからみつくと口の中に粘着質の白液を吹き込みながら、再び口の中に脈動を繰り返しながら潜り込む。
ナットの顔は拭きかけられた液で白く濡れ、口元からは涎がしたたり落ちている。

 尻の中に潜り込んだそれもまた何度も脈動を繰り返し、前へ後ろへと動いていた。
 大人の腕ほどの太さのそれが外にずり出てくると、別の触手が潜り込む。それらもまた男の性器の形状をしていた。
先の触手は反り返りひくひくと波打ちながら、ナットの尻に白い液を吐きかける。
ナットの尻から広げられた太股にかけて、血や白い液が跡を作ってたれ落ちている。
 いくつもの触手や蔓がナットの尻の周りで蠢いていた。
臍や耳、脇やうなじにも蔓は這い回り、サンダルの脱げ落ちた足指にまで触手が吸い付いている。





 化け物が、裸同然のナットの中に潜り込み蹂躙し精液を流し込む、それはまるで強姦の様だった。化け物にナットは犯されていた。
 ナットの全身は化け物の白い精液に濡れ紅く上気していた。
いつからこんな目に遭っていたのか、蹂躙に慣れてしまったかのようにナットの口からはあえぐような声が漏れている。
 涙に濡れた頬が紅く染まって、口を犯す触手が外に抜け出ると自分から舌をつきだして先端を舐め、 尻を犯す触手の脈動に併せて腰が動く。
下半身に巻き付いた蔓が意志を持つかのようにナットの身体を後ろへと引くと、中に入り込んだ触手がいっそう奥へと潜り込む。
蔓がゆるむと触手が後ろへと動きそれが何度も繰り返される。
そのたびにナットの口から
「あぁー、ああーん」
と声が漏れていた。

化け物に犯されて感じているのを証明するように、むき出しのナットの性器が大きく反り返っている。
 以前狩りの後に水浴びをしたときに、ニサがからかったナットの子供のままの性器は、皮を剥き上げられ薄赤い先端をさらして雫を垂らしている。
しかもそれはもうすでに精を放った跡があった。

 「あはぁーーーっ」
とナットが大きく声を上げた。
 口から抜け出た触手がびくびくと動いて精を吹きかける。
顔の周りで蠢いていた他の触手も同じように反り返り、ナットの顔に白い液を吐きかけた。
そして一斉に後ろへと伸び下半身へ向かう。
 尻の中の触手が大きくふくらむと、ナットの中に白液を吐き出した。
白く濡れた触手が尻から抜け出ると、ぼぽっかりと口を開いた穴から白い液がこぼれおちる。
今度はもっと太い触手がナットの穴に勢いをつけて潜り込んだ。
それがいっそう激しく前後へと動きだす。

口が自由になったナットが
「ああ。ああ」
と声を上げ口から白い液と涎がだらだらとこぼれおちる。
「ひぃ、ひぃイイっ あひぃン…あひん…あひぃ」
ナットが感に堪えないかのように大きく首を振りあえぐ。
 まるでナットの快びが判るかのように、触手が尻の中に深く潜り込み、そして、後ろに前にと激しく動く衝撃でナットの身体が空で揺れる。
下半身に集まった触手はナットの性器に群がり、袋やサオに巻きつき刺激していた。

 
 ナットの尻を犯す触手が再び入れ替わった。
尻からものが抜け出るとナットが背を反らせて大きくあえぐ。
 今度は二本の触手が一度に潜り込む。
それは互い違いの動きでナットの中を責めていた。
「ひぃっあひぃんっーーあああん、あんあん、あひぁーーっ」
叫ぶナットの口に、さっきまで尻の中にいた触手が潜り込んだ。
尻と口の中の触手がナットの身体を喰らいつくしていく。
触手の瘤がはじけるように白液を吹き上げる。

 見上げているニサの上にそれはたれ落ちてくる。
白い液が肌にふれた部分がかぁっと熱くなる。
尋常ではない状態に身動きも出来ずニサは立ちすくんでいた。
 ナットの身体が大きく反った。
 尻の中から飛び出た触手が、勢いよく白い液を吹き散らしナットの身体を濡らしていく。
口の中の触手も外に抜け出ると、ナットの顔に液を吐きかける。
ナットが音にならない声をあげた。
ナットの口から息を吸い込む音が漏れ、全身をふるわせると性器から精液をほとばしらせた。
袋にからみついた蔓がぎゅっと締まる。
サオに巻き付いた触手の先端が亀頭に吸い付いて、ナットの精を吸い上げた。


 突然、ミシャの甲高い鳴き声がその場の空気を切り裂くように響き渡った。
その音にニサははっと我に返った。
ミシャがニサを見ていた。
紫色に変色した目が暗闇の中でニサを見つめていた。
そして再びみゅぁーーーーーーーっと大きく鳴いた。
 それまでナットの身体をむさぼっていた触手が、その先端に目があるかのように一斉にニサの方をむいた。
そして何本もの蔓が勢いよくニサに向かって伸びた。
 ニサは手に持っていたカンテラを投げつけると、短剣をふりあげ、ナットの名前を叫びながら蔓に向かっていった。

 

 カンテラの火種から燃え移った炎が地面を這っていく。
その火は周りの木々に燃え移った。
 何本もの蔓を切りさき、ナットの身体を犯した触手に突き刺した刃を抜くと、腐れた様な匂いと共に体液が吹き出しニサを汚した。
まだ何本もの触手がナットの身体にまとわりつき中に潜り込んでいる。
しかし火の勢いに負けたのか、ナットの四肢をつなぎ止めていた蔓の数は減り、遥か上空に浮いていたナットの身体は地面近くまで落ちている。
ナットは目を閉じたまま触手につきさされ身体を揺らしていた。

 ニサは、足にからみつこうと突き出てきた蔓をよけると、ナットの身体に這う蔓をなぎきった。
ナットの身体が地面に音を立てて落ちる。
ナットの中に入り込んでいた触手が身体から抜け出て、ニサに向かって飛びかかってくる。
 ニサはそれをかろうじてかわすと、地面に横たわったナットの側に走り寄り肩に抱え上げた。
周りに広がった炎は木の幹を伝い枝へと広がる。
枝から伸びた蔓にも燃え移り上空ではねている。
出口を求めてふりかえった先にミシャがいた。
 みゅうと鳴いて走ると、立ち止まりニサの方に振り返り、そしてまたみゅうと鳴く。
「ついてこいってのか?」
背後に迫る触手の気配にニサは覚悟を決めてミシャの後を追った。
それまで凪いでいた風が巻起こり炎が空へ伸びた。



 どれくらい走ったのか判らない。
あれほど迷ったのが嘘のように、気がつくとニサは森を抜け出ていた。
背負っていたナットの身体を地面におろすと抜け出た森を振り返る。
ニサのおこした炎は、まだ燃え続けているようだった。
 化け物の体液と、炎の巻き起こしたすすでよごれたナットの身体をニサは抱き締めた。
かすかに、それでもうち続ける鼓動を確かめると涙がこぼれた。
白い毛皮がすすでよごれたミシャが二人を見上げていた。
森で見た紫の瞳は、元のオレンジに戻っていた。

「ありがとうよ、おまえ」
ニサがミシャの頭をなでると、ミシャはみゅうと鳴いた。





「ナットさがしたぞ」
ニサが声をかけると、膝にミシャを乗せたナットが振り返った。
ここはシートの森の水場だ。
ナットは最近よくこの場所に一人で来ていた。
「ほら」
とナットに革袋を差し出す。
中にはミクルの実が詰まっていた。
「ミシャにやる」
ナットは笑顔を浮かべてそれを受け取ると、中から実を一つとりだしミシャの口元に運ぶ。
 チコリの森から戻ったナットは、森でおこった出来事を覚えていなかった。
ニサはナットの身におこった事を村の長老にだけ伝えた。
ナットの家族にはチコリの森に迷い込み、獣に襲われたのだとニサは言った。
他に言いようがなかったのだ。
あの化け物の正体はわからないし、しりたくもなかった。
もう二度と、チコリの森には近づかない。


ナットの身体の傷は思いの外早く癒えた。
だが森での出来事はナットとニサに変化を与えていた。

 ニサはナットを背後から抱き締めた。
ミシャがナットの膝から飛び降り、水場へはねていく。
ナットがニサを振り返り無邪気な笑顔を向ける。
そして自分を抱くニサの手を取ると自分の股間へと導いた。
 ニサは布地の上から性器を擦る。
ナットは、甘くため息をついてニサの手の上に自分の手を添えると、もっと強くとでも言うように力を込める。
 あの日から、ナットは言葉を発することが出来なくなっていた。
森での出来事がナットにどんな影響を与えたのか、ニサにはそれを考えるだけで胸が締め付けられる。
もっと早くオレが助けていれば。
ナットの指が上着を捲り上げて、自分で胸をいじりはじめる。
あのとき。
とニサは思い返す。
化け物に貫かれもだえるナットを見て、ニサは自分が欲情していたのを覚えていた。
 何本もの触手がナットの中をかき回すのを黙ってみていた。
ナットの顔を汚した触手の体液は自分の汚れた心の現れのようだった。
あのとき、ミシャが鳴かなければ、ナットが触手に犯され続けるのを何もせずに見ていたかもしれない。
「ナット・・・ごめんな」
ニサがささやくとナットは不思議そうに首をかしげ、そしてにこりと笑った。
その笑顔は、場慣れした娼婦のそれに似て、ニサの股間を熱く高まらせる。

ナットの心はこわれ、日に何度も人肌を恋しがる。
身体を切り裂く楔を恋しがる。
ニサもまた、ナットを抱く。
ナットがほしがるままに身体をあわせる。
同情や後悔という言葉で隠せないほどの強い欲望をナットにぶつける。
いにしえの魔女の棲む森で二人は呪われてしまったのかもしれない。
「ごめん、ナット。・・・こめん」
何度もそう囁きながら、ニサはナットを地面に押し倒し覆い被さっていった。


ミシャのオレンジ色の眼が二人を見つめ、そして、みゅう、と鳴いた。



オリジナル/短編集/迷いの森

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