オリジナル/短編集/家族の肖像シリーズ 第2話 page1
――日曜日の朝。
パパはいつものように朝からお義母さんの入院している病院へ、一人でお見舞いに出かけた。
ぼくが目を覚ました時には、もう出かけた後だった。
リビングルームのテーブルの上に、パパの書いたメモと一緒にお金がおいてあった。
メモには夜まで帰ってこないって書いてあった。お昼ご飯は出前を取りなさいって。
いつもパパは病院の面会時間が終わるまでお義母さんの病室で過ごすから、今日も帰りは遅くなるんだろうな。
だから、今日はおうちにパパは居ない。
お兄ちゃんとぼくだけだ。
半年前に、ぼくに新しいお義母さんと、お兄ちゃんができた。
ママとパパがリコンしてずっとパパと二人で、マンションに住んでたんだけど、家族が増えたからって、二階建ての新しいおうちに引っ越したんだ。
ぼくの小学校も、お兄ちゃんが高校に行くのに乗る電車の駅もすごく近くて、それに、ぼく初めてぼくだけのお部屋をもらったんだ。
お兄ちゃんのお部屋もお隣で、お兄ちゃんが学校の勉強やクラブ活動がない日は、お兄ちゃんのお部屋でおはなししたり、トランプしたりして、すごく楽しかった。
でも、三ヶ月くらい前に、お義母さんがたおれて入院してから、あんまりお兄ちゃんのお部屋には行ってないんだ。
お義母さんのおなかにはぼくの弟か妹のタマゴが入ってる。
でもお義母さんはセッパクリュウザンって病気になっちゃったんだ。
お義母さんは、前のママよりもうんと歳が上で、パパよりもおねえさんで――お義母さんみたいなのをアネサンニョウボウ、ってゆうんだって、おばあちゃんが教えてくれた。
アネサンニョウボウだから、タマゴがちゃんと生まれるように大きくなるまでからだを大事にしなくちゃいけないから、って入院することになったんだ。
それから、パパとお兄ちゃんとぼくの三人でこのおうちでくらしてる。
最初はおばあちゃんが、お手伝いするってパパにお話してたけど、パパは家族だけで大丈夫だからって、断ったんだって。
でもぼくは時々おばあちゃんちにお泊まりにいっていいって。おばあちゃんもおいでって言ってくれるから、土曜の夜とか時々おばあちゃんちでお泊まりしてる。
ぼくが、お兄ちゃんもいっしょにいこうって言ったけど、お兄ちゃんはお義母さんのツレゴだしもう高校生なんだから、こなくてもいいっておばあちゃんが言って、パパもお兄ちゃんは学校があるからおばあちゃんちには行かないって言ったから、お泊まりはずっとぼくひとりなんだ。
おばあちゃんは、お泊まりするとおこずかいいっぱいくれるから大好きだ。
でも夜はすんごく早く寝なくちゃいけないし、夜おうちに電話しても、パパもお兄ちゃんもあんまり長くお話してくれないから、 つまんない。
パパもお兄ちゃんも一緒におとまりできたらいいのに、っていっつも思うんだ。
毎週日曜日は、必ずパパはお義母さんの入院してる病院にお見舞いにいく。
本当はぼくもお兄ちゃんも行きたいけど、パパはいっつも一人でさっさと出かけちゃうから、いままで何回かしかお見舞いに行ってない。
でもこの前2週間ぶりに病院に行ったら、お義母さんすごくよろこんでくれた。
たおれた時は、お母さんの顔は真っ青でこのまま死んじゃうかもしれないって思って、ぼくわんわんないたんだ。
でも今のお義母さんは全然ちがってて、もうすぐ退院できるかもしれないってうれしそうに話してた。
またお義母さんといっしょにおうちで暮らせるって思うと、ぼくはうれしくてたまらなかった。
だけど、まだお母さんは病院にいる。
お義母さんのおなかのタマゴは順調で本当はもうそろそろおうちに帰ってものに、パパが止めさせたんだって。
仕事や学校で誰も居ない家でお義母さんだけ居て、なにかあったときに困るからね、ってパパはぼくとお兄ちゃんに説明してくれた。
だから、おうちにお義母さんが帰ってくるのはまだまだ先なんだって。
■
今朝も、パパは一人で病院に行った。
パパが作っておいてくれた朝ご飯の皿をチンして、一人で食べる。
前はお兄ちゃんも一緒に食べたけど、最近は一人で食べる。
だって、日曜の朝のお兄ちゃんはお寝坊さんなんだ。
たいてい、お昼頃になって、お部屋からでてくるんだ。
土曜の夜も、夕飯の後すぐお部屋に行っちゃうから、週末はお兄ちゃんとあんまりお話できないからつまんない。
テーブルの上に、お兄ちゃんの分の朝ご飯のお皿を残したまんま、食べ終わった自分のお皿を流し台にかたづけた。
新聞のテレビ欄と四コマ漫画を見て、毎週見てるアニメを見終わっても、お兄ちゃんは起きてこない。
ぼくはマグカップにミルクを入れて、二階に持って上がった。
自分のお部屋を通り過ぎて、お兄ちゃんのお部屋のドアをノックした。
お返事なんかくるわけないから、ドアを開けて中に入る。
――やっぱりお兄ちゃんは、まだベッドの上だった。
タオルケットとか、土曜の夜に着てたお洋服とかが、ぐしゃぐしゃになって床に転がってる。
いつもきれいに片づいてるお部屋なのに、お休みの日の朝は、めちゃくちゃになってるんだ。
ベッドの上でうつぶせになって寝ているお兄ちゃんはパジャマの上着だけきてた。
パジャマのズボンはぼくの足もとに転がってる。
お尻が丸出しになってた。
背中に両手を重ねて手首のところに太いロープがぐるぐるに巻いてある。
この間、こっそりお部屋を覗いたときは、お兄ちゃんの首にわんちゃんの首輪が付けてあって、そこから伸びた紐がベッドの足に巻き付けてあった。
その前は……ううん、もういいや。
とにかく日曜の朝のお兄ちゃんは、なかなかベッドから起きることができないんだ。
「おはよう、お兄ちゃん」
ぼくはベッドの端っこに座って、目をつむっていたお兄ちゃんにおはようって声をかけた。
肩に手を置いて揺すったらようやくお兄ちゃんは、
「う…うんン…」
って、声を出して、目を開けてぼくを見た。
それからあたりをきょろきょろして、ぼくの他に誰も居ない事がわかると、ほっとしたみたいだった。
「雅矢……」
「もうお昼になるよ、お兄ちゃん」
床のタオルケットを拾い上げて、お兄ちゃんのおなかの上にかけてあげる。
だって、パンツはいてないから、お兄ちゃんのおちんちんとか見えちゃうんだもん。
お兄ちゃんは、あって声をだして、真っ赤になった。
自分がパンツはいてないって事に、今頃、気がついたんだ。
「ミルク飲む?」
マグカップをお兄ちゃんの前に差し出して聞いた。
お兄ちゃんは、真っ赤になったまま、こくんってうなずいて起き上がろうとしたけど、手をしばってあるから自分では起き上がれない。
ぼくは、マグカップを机の上に置いてから、お兄ちゃんが起き上がるのを手伝ってあげた。
「……ごめん、ありがとう雅矢」
お兄ちゃんはぼくのむねのところに、こつんと頭をもたせかけて言った。
お兄ちゃんの口癖だ。
…ごめん、ごめんなさい…、許して…って、いつもあやまってる。
「昨日の夜、にゃんこの声がしたよ」
ぼくは、お兄ちゃんの口にマグカップをくっつけて、ミルクを飲ませながら言った。
お兄ちゃんはちょっとむせて、お口からミルクをこぼしてしまったんだ。
「ごほッツ う… 雅矢…」
お兄ちゃんは目をきゅっととじて、いやいやをするように頭を振った。
「ずっと、聞こえてた。……パパ、またお部屋に来たんでしょ」
お兄ちゃんが躰に力を込めてぼくから離れようとしたから、ぼくはお兄ちゃんのパジャマの肩をぎゅうっと抱いて離さなかった。
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