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オリジナル/短編集/SWEET PAINシリーズ 第1話  page5



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 身につけたもの全てはぎ取られ、ソファの上で裸身を晒す綾人の側を離れて、加藤はリビングに続く隣室に向かった。
両開きの大きな扉を開いて中に入る。
あらかじめ灯されていた間接照明の灯りが、部屋中央の大きなベッドを照らしている。
そこはこの家のメインベッドルームだ。
この部屋の家具も、リビングと同様に新しくそろえられたものだった。
すぐにでも眠れるように、ベッドカバーは外されて真っ白いシーツが表に出ていた。
その上にきっちりと畳んで置いてあった夜着を抱えると、再び綾人の元に戻った。
 綾人はソファに力なく四肢を投げ出して、しゃくり上げていた。
薬の作用で体温が上がり、しっとりと汗をかいた綾人の身体を夜着と一緒に持ってきたタオルでぬぐう。
本当はシャワーを使わせたかったが、着替えさせるだけでいい、という主の命令には逆らえない。
「これに着替えましょう」
綾人の目の前で白い下着を広げて見せる。
それはレースの花びらがあしらわれた小さなショーツだった。
 ――女の子のパンツ?
綾人はかすむ目で、それを見つめる。
軽々と腰を持ち上げられて、小さな布きれが綾人の股間を覆った。
申し訳程度の幅しかない薄い布から、綾人の幼いモノが収まりきれずにはみ出している。そこはすでに大きく力を持っていて布きれを押し上げていた。
 まるで操り人形の繰り師のように、加藤は綾人の身体を自由に動かして、手際良く用意した純白のキャミソールを着せていく。
 綾人はすでに逆らう気力を無くしていた。
加藤のなすがまま、身を預けている。
着替えの最中に加藤の指が肌をかすめると、そこから沸き上がる感覚に声が上がり、柔らかな生地が肌をこすると、切ないため息を零していた。
 薬の効果で強制的にもたらされたものだとしても、綾人が全身で感じているのは紛れもなく官能の疼きだ。
それはまだ幼いものだが、確実に綾人の身体に刻み込まれていた。


 身体の自由がきかない綾人には、自分の姿がどうなったのかを、自分自身で確かめる事は出来ない。
ただ、最初に見せられたレースの下着や、着せられるときに視線をかすめていた白い衣装は、どう考えても女の子が着るモノだと言うことはわかっていた。
今も視線を動かすと、投げ出した両の太腿の上にちらと見えるレースの裾と、ほとんど丸見えといっていい自分自身が目に入る。
 飲まされた薬のせいなのか、女の子の格好をしたせいなのかわからないけれど、それは、好奇心から一人でいじったときと同じ形をしていて――いや、それよりももっと大きく、堅く熱くなっていた。
それを、加藤にじっくりと見られていることが、たとえようもなく恥ずかしい。

 その時何の前触れもなく、玄関ホールから続くリビング入り口のドアが、大きく音をたてて開いた。
三つ揃いのスーツを身にまとった男がひとり、ずかずかと入ってくる。
 突然現れた男に、綾人は息を呑んだ。
加藤は驚くこともなく素早く男の側に歩み寄ると、男が手にしていたカードキーを受け取り、
「お帰りなさいませ」
と頭を下げる。
「いやー、参った。会議が押してね。重役連中尻が重いよ」
男は、ハハハ、と声を上げて笑い、上着を脱ぐと後ろに控えた加藤に渡す。
会議のあとはお定まりの会食で、男の身体には酒の匂いがまとわりついている。
「会議は長けりゃいいってもんじゃないのになぁ」
ソファにどっかりと腰を下ろしネクタイを緩めながら、加藤が差し出した銀色のシガーケースから煙草を取り出し咥える。
 男は、倉田聖司と言う。
地方で林業を営んでいた祖父が戦後の混乱期に会社を興し、父の代で『世界のKURATA』と呼ばれるまでになった『KURATACORPORATION』の代表取締役を三十代の若さで引き継いだのは八年前の事だ。
リーマンショックや円高の脅威を乗り越え、KURATAは世界のトップ企業の地位を守り続け、倉田は浮沈企業のカリスマ経営者として名を馳せていた。
その倉田が、加藤の主、そして綾人の『後見人』だ。

 真向かいのソファに身体を沈めた綾人の全身を、倉田は舐めるように眺めていた。
綾人は、倉田の視線を全身に感じて、動悸が速くなるのを感じていた。
どくどくと胸を打つ心音は、綾人の体内で反射し大きく響いて、息をつく度に熱い吐息と一つになってはき出される。
裸を加藤に見られた時よりも、キャミソール姿を目の前の男に見られている今の方が、なぜだか何倍も恥ずかしい。
だらしなく開いたひざを閉じることも出来ず、めくれた裾を直すことも出来ない。
視線にたえられず「見ないで」と懇願する言葉は意味を持たない文字に変わり、それは今まで以上に、聞くに堪えない音となって口からこぼれ落ちる。

「似合うじゃないか。なぁ、加藤」
倉田は、くくく、と、のどをならして笑う。
同意を求められた加藤も頷いた。
 綾人に着せた衣装は、倉田の指示で加藤が用意したものだった。
迎える相手が少年だというのに、そろえた衣類は相反するものばかりで、趣味の悪い悪ふざけだと嘆息したものだ。
 だが、それらの衣装を身にまとった姿は、綾人が少年である事を失念させるほど似合っていた。
もともと華奢な体をしているが、衣装を着けると少女と見まごうばかりだ。
 今夜のために倉田が指示した衣装は全て純白で、初夜の床を待つ幼い花嫁のようにみえる。
キャミソールは薄手のシルク生地の裾と太めの肩紐にトリコットフリルがあしらわれていて、Aラインのふわりと広がるシルエットが可愛らしい。
丈の短いキャミソールの裾から伸びた、すらりとした両足の奥を覆ったショーツから顔を覗かせて、存在を示している幼い肉茎がとても淫猥で、清純な花嫁の印象を裏切っていた。
その姿は、「後見人」である倉田を充分に満足させたようだった。

 倉田は煙草の煙をふーっと吐きだした。
エアコンから送り出される清浄な空気は、紫煙に澱んだ。
加藤は、一日中携行した書類を倉田に手渡した。
「いかがいたしますか」
「予定通り進めてかまわないよ」
それは、綾人の父の借金の返済の話だった。
倉田にとっては、全額返済が可能な微々たる金額でしかない。
だが、彼が指示したのは、利子の一部のみの返済だった。
綾人との引き替えで、全額返済と今後の援助を約束したが、完済までの期間の条件をあえて設けていなかった。
 今は切羽詰まって後先も考えず子供を手放したが、いつ取り戻したいと言い出さないとも限らない。
ゆっくりと時間をかけて金を融通し、完済までの間綾人を連れ戻す考えをおこさせない為に、佐倉井家に金を貸した街金には裏から手を回した。
これまでのような暴力行為は少しは控えられるはずだが、今後も取り立ては続く。
 不思議なもので、一度心を傷つけた暴力は、威力は小さくても効果は何倍にも拡大されて感じる。
その時覚える恐怖心は、どんなに強い心も打ちのめしてしまうのだ。
取り立てのチンピラの姿を見続ける日々は、父親から正常な思考と良心を奪い、綾人を取り戻そうとは思わないだろう。
そのためにいくばくかの金が街金の金庫に流れたが、それも倉田にとってはたいした金額ではない。
 佐倉井家に金の心配が無くなった頃には、目の前の少年は「佐倉井家の綾人」ではなくなっているはずだ。
どれだけ時間をかければ綾人が変わるのか、それは今からの時間共に過ごせばわかる事だ。

 倉田は加藤から渡された書類をペラペラと捲り、綾人の父のサインと拇印を確認したあとは、テーブルの上に放った。
「薬はいつ飲ませた?」
「四十分ほど前でしょうか」
「そうか、まあまあの時間だな」
倉田は綾人の様子に納得したように頷くと、煙草を灰皿でもみ消した。
おもむろに立ち上がり、テーブルを回り込んで綾人の側に近づくと、キャミソールに包まれた細い小さな身体を、軽々と抱え上げた。
「ヤ…あッ!」
未だに名を告げぬ男に、突然抱き上げられた綾人は悲鳴をあげた。
「おぉ、随分と軽いな」
ようやく手に入れた少年は、思った以上に華奢で、愛らしい。
「綾人さん、この方があなたの後見人、倉田聖司様です」
加藤の言葉に、綾人の目が大きく見開かれた。
家族を助けてくれる、人。 ――この人が? 
 三十センチほどの至近距離で、紅潮した綾人の顔を見つめて、倉田はにやりと笑う。
倉田は綾人を抱えたまま、加藤が開け放したままだったメインベッドルームの入り口をくぐると、ベッドの上に綾人の身体を投げ出した。
「後見人ね……。あながち間違いじゃぁない」
それがどんな手段であれ、面倒を見る、という意味では正しい――
倉田は緩めたネクタイを抜き取り、ベッドサイドの飾りテーブルに放る。
 ベストのボタンを外しながら、ドアの側で控えて立つ忠実な部下に視線を投げると、立ち去るように手を振った。
「何かございましたらお呼びください」
加藤は頭を下げると、ドアノブを持ち、ゆっくりと扉を閉める。

綾人の上に覆い被さる倉田の姿が、扉の奥に――消えた。




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