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オリジナル/ショタ短編集/BIRTHDAY PRESENT 



 ひとりぼっちの誕生日程情けないものはない。

しかも前日に一年と3か月付き合った彼女と喧嘩別れをした直後となると、なおさらのことだ。

 彼女に言わせると悪いのはオレの方、セックスの最中に、自分ではない名前をいったのいわないのとごねはじめ、あげくには、気をいれて抱かない、早漏だ淡白だの、言いたい放題になじり、最後には「不能」ときた。

温厚なオレもさすがにキれて頬の一つもぱちんと叩いたのが最後だった。

 実際そろそろ飽きはじめていたんだし、たいした女でもなかったし、セックスもそんなに相性がよかったわけでもなかったし・・・と彼女と二人で過ごすために用意したとっておきの酒と、美味しいらしいからたべてみたいと彼女が言っていた有名店のバースデーケーキを前に、ぐずぐすとため息をついていたオレの元におもいがけない来訪者があらわれた。


 ドアチャイムの音に、もしかして彼女がもどってきたのかも、と玄関に飛び出したオレの目の前にたっていたのは、一人の少年だった。

「先生、こんばんわ」

オレを先生と呼ぶこの少年、田村純也・・・・オレの家教のバイトの教え子だ。

とっくに夜9時をまわっている。子供が出歩く時間じゃない。

 それに、どうやって、オレの家をしったんだろう。

家教の事務所じゃそんなことまでおしえないはずだし・・・。

「純也、なんでお前ここにいるんだ? 」

問いただそうとするオレの横を純也はすり抜けさっさと靴を脱いで部屋に上がり込む。

「おい、純也」

オレはあわててその後を追った。



 純也は部屋に入るなり中をぐるりと見回し、

「先生のお部屋だぁ」

とオレを振りかえり言ってくれた。

「せまいんだね」

…ほっとけ。地方出の大学生にゃ1DKのボロアパートだって贅沢なんだぜ。なにせトイレと風呂が別々なんだ。狭いアパートでも家賃だってそれなりだ。

金遣いの荒い彼女なんて持ってたらバイトの3つや4つ、掛け持ちやんなきゃつなぎ止められやしない。

…そういや、この半年、なにもプレゼントしてなかった。

それもさよならの理由のひとつだったのかもな。

 とにかくもそのかけもちバイトの一つが、純也の家庭教師だ。

週に3日、純也の家で理科と算数を教えている。

おふくろさんのきがきいていて、夕飯までごちそうしてくれる。貧乏学生には、ありがたいバイトだ。

「あ」

 純也はさっそくケーキに目を付けた。

「ケーキだぁ。先生、食べてみたいなぼく」

ちゃっかりと、ケーキの前にすわりこむ。

ここで、「ああ、いいよ」なんて、甘い顔みせちゃいけない。

きっちりといいきかせなくちゃ。

「純也、今何時だ? 」

ちょっとだけ、怖い顔をして言う。童顔だといわれるオレでも子供からみれば、それなりの大人の顔にみえるだろう。

「9時25ふーん」

生意気にもオレのもっている物より高価な腕時計をはめた左手をぐーっとオレの方につきだした。

「おかあさんには、ここにくるって、いってきたのか? 」

「塾行ってくるって言ってきた」

純也はおれが教える以外にも英語とピアノの教室にかよっている。

そういえば、今度体操教室にもいかせるっていってたなぁ、おふくろさん。最近の子供は多忙だ。

「今日は英語だったけど、さぼっちゃった」

純也はぺろっと舌をだした。

「だめじゃないか」

塾だって、とっくに終わってる時間だ。

純也の家からここまでは、都電とバスにのりついで1時間以上かかる。今から帰っても子どもの足だ、家につくのは11時すぎになるだろう。

とにかくおふくろさんに、純也がここにいるってことを知らせないと、心配してるだろう。

 いつも持ち歩いているシステム手帳をどこかに忘れてきたらしく純也の自宅の電話番号がすぐにはわからない。

電話機のそばの壁にかけている一枚ポスターのカレンダーの角に書き込んでいたことを思い出す。

「今から、おうちに電話するから。おかあさんに、ちゃんとあやまるんだよ。塾さぼってごめんなさいって」

オレは受話器をとりあげてダイヤルする。2回呼び出し音がなったところで、ぶちっと音がとぎれた。

純也が電話機本体のフックを指で押さえていた。

「ケーキ食べようよ、先生」

純也はオレを見上げていった。

「今日はケーキを食べなくちゃいけないんだよ」

純也はオレの手から受話器をひったくった。そしてオレの手を力一杯ひっぱる。

「純也!」

彼女に振られていい加減かりかりきていたところに、純也のわがままだ。オレは目の前にいるのがまだ子供だということも忘れて、本気で怒鳴りつけてその小さな手を振り払った。

「うそつきで、ききわけのないこは、大嫌いだ」

 オレの言葉を聞いた純也の頬がいっぺんに真っ赤に染まる。純也の表情がゆがんで、それからぼろぼろと涙をこぼしはじめた。

その姿にオレは我に返った。

「お、おい、純也」

泣き声もあげずに口を噛みしめてただ涙をこぼしている純也を前にオレはおおいにとまどっていた。

教え子を泣かしちまった。もう家教はクビだ。あそこの飯うまかったのになぁ、と、頭の中をいろんな事が一瞬にぐるぐるとかけまわる。

…そんなことより、目の前の純也をどうしたらいい? 

「け、ケーキくうか? 」

オレは泣き続ける純也の頭をなでてみる。ご機嫌をなおして貰わなくてはいけない。バイトの事もあったが、目の前でなきべそをかいている顔を見るのは辛かった。

純也はこくん、と頷いた。が、すぐに頭を左右に振る。

「ぼく、かえる」

「そ、そうか? じゃあ、おうちに電話して、オレがおくってくから。あ、ケーキも半分もってかえればいい」

オレはテーブルからケーキを抱え上げて台所のドアを開けた。

 狭い台所で、純也がもちかえれるように、ケーキを包むアルミ箔をさがす。

ばたばたと支度をしながら、ふと隣の部屋の純也をのぞきみると、自前の携帯で家に電話をいれている。

ちっ、ブルジョアめ。

まあ、今時の子供は塾だお稽古ごとだと夜外で過ごすことが多いから、連絡用に携帯のひとつももってないとまずいんだろう。オレの子どもの時とは違うからな。

純也が電話を切ったのをみて、オレはあわてて素知らぬ振りでケーキをアルミ箔に包む作業にもどった。

純也が台所にやってきた。

「先生、あのね。ママがご迷惑おかけしますって」

「そうか。おこってなかったか? おかあさん」

「うん、早くかえってらっしゃいって」

甘いなぁ、おふくろさん。オレんちだったら、親父に怒鳴られたあげくにゲンコでぶっとばされてるなぁ。それでもって夕飯抜かれて…

なんてノスタルジーに浸りながらケーキを切り分けた包丁を流しにおいた。

「先生、お誕生日なんだよね」

純也がいった。

え? っと振り返るとケーキに飾ってあったチョコレートプレートを純也は見つめている。

ケーキを注文したときにつけてもらったんだった。

チョコレートのプレートにホワイトチョコレートで「ハッピーバースデー」ってかいてある。

店員に名前もいれますか? ってきかれて、それもかきこんでもらった。

ちやんとしたバースデーケーキなんて、ほんとに久しぶりだったからプレートの出来上がりを見たときはちょっとくすぐったかったよな。

「それも、もってくか?」

「今食べていい?」

純也はオレが頷くのを確かめるとプレートを口に運び、ばきんと音をたててチョコレートプレートをたべる。

「誰かお客さんがくるんだったんだ? 先生」

ケーキを入れる紙袋をごそごそと探しているオレに純也がいった。

「お皿とかさコップとか、ふたつずつあったから」

よくみてるなぁ・・・・。彼女が戻ってきてもいいように、未練がましく用意してたんだ。

「ぼく、おじゃまだね。ごめんね、先生」

純也の話し声が小さくなっていく。また、泣くのか? 頼むからなかないでくれ!

おれは、あははは、とわらってみせて、

「こないこない、だれもこないよ。うん。先生な、ふられちゃったんだ、彼女に。だから、だれもこないんだ」

子どものご機嫌をとるためとはいえ、自分でまだ浅い心の傷をふかーくえぐっちまう。あー。オレってばかか? 

「さぁ、おまたせ。ケーキの準備できたぞ」

そういって振り向いたオレの目の前に純也の顔があった。

「わわわっ」

純也は二人用の小さなダイニングセットのいすの上に乗り立ち上がっていた。

そのいすはオレの真後ろにあったから振り返ったときにちょうど向かい合うようになったんだ。

純也はオレの両肩に腕をからめてきた。顔をめいっぱい近づけて言う。

「お誕生日に大好きな人とケーキ食べたら幸せになるんだって、ママがいってた」

「ほ、ほほう」

オレはどうリアクションをとればいいのかわからなかった。

「ママも誕生日にパパとケーキ一緒に食べたんだって。そしたらパパが結婚しようっていってくれたんだって、いってた」

なんつーはなしを子どもにするんだ、おふくろさんは。

「だから、ぼく、先生の誕生日のケーキ一緒に食べたかったんだ」

なに? なになになになにっ? 話の展開についていけない。

「大好き、先生」

柔らかい感触が唇に触れた。

一瞬の後それは離れて、

「来月、ぼくの誕生日なの。先生、ぼくと一緒にケーキたべようね」

満面に笑をたたえた表情の純也がいった。

よいしょ、といすから降りた純也は半ズボンのポケットから小さな紙片を取り出すとテーブルの上において

「これ、お誕生会の招待状だよ。それから、先生ぼくんちに手帳わすれてったでしょ。おっちょこちょいだね先生って」

くすくすっとわらう。

「おかげて、先生のおうちの場所わかっちゃったんだけど」

と、ぺろっと舌をだす。

呆然と立ちすくむオレの手からケーキの入った袋を取り上げると、さっさと玄関へむかう。

「おやすみなさい、先生。またね」

 ドアがばたんと閉まってアパートの外階段を駆け下りる、かんかんという音が聞こえたところで、オレはわれにかえった。

あわてて、純也の後をおって外にとびだし階段を駆け下りる。

車のエンジンの音がして、アパートの前に止まっていたタクシーが動き出していた。

タクシーの後部座席に純也の頭がみえた。

純也が振り返ってオレに向かって手を振っている。

もしかしてずっとあのタクシーはここにいたのか? 

それともさっきの携帯で呼びつけたのか。

いや、あれでオレんちへのりつけて、またせていたってわけか。

プチブルめッ! なんてガキだっ! 

 走り去るタクシーを前に、オレはへたへたと鉄筋の階段のステップにしゃがみ込んだ。


 彼女に振られて、男の子に告白されて。

なんて、誕生日だ・・・・・・。まったく。

 オレの唇にまだ純也の柔らかな唇の感触がのこっている。

それはチョコレートの味がするおもいがけないバースディプレゼントだった。。



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