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いただきもの/国岡じゅん様作/アンジェリーク〜刹那の殺意



 そこでの目覚めは、なぜかいつも一抹の後悔を共に覚えるものだった。
意識が己のものに返るにつれ、自らのものではない少し低めの体温を持つ者の感触がよみがえる。
目は、私を抱き寄せる腕をみとめた。
「起きろ、クラヴィス」
意識がなく、それ故に重くも感じられるその腕から逃れようと身をよじる。
「クラヴィス!」
いらだたしさを含ませた怒声に、ようやく黒い瞳がうっすらと開かれる。不機嫌そうに、なにごとかと言いたげに。
「離せ」
その命令口調に、クラヴィスはかすかな笑いをにじませた。


 この聖地にある守護聖それぞれの館は、おそらく唯一のプライベートの場である故に独自の個性がそこに現れている。

 闇の守護聖として女王陛下に長く仕えるクラヴィスの館は、森林に囲まれた静けさを身上とするものだった。
館の主が排したいものは、おそらく人間の騒々しさであったに違いない。
メインの通りからこの館に来るまでには長い距離を取ってあり、そこを辿ってついた館を見上げた時には別世界へたどり着いたのだと
思わせることが多かった。

 風に唄う緑、枝から枝へとわたる鳥たちのさえずり。鹿やうさぎの駆ける音が、この館のまわりを取り囲んでいる。
訪れる者によっては、人間を拒む世界だと思うだろう。主の迎える態度は、好意的なものではないからだ。
闇の守護聖が、常から人を好まないのは聖地に住まう者ならば誰もが知っていることである。

 だが、彼がすれ違う人に挨拶すら交わさない頑なさを持っているのかと言えば、けしてそうではない。
守護聖同士では皮肉な微笑を浮かべるのみともなる彼が、他の聖地で働く者たちにはためらいなく挨拶を交わすことはひそかに知られている。
誤解というものは、受け取る側によって創り出される。
 ただ、この館のまわりに住む生あるものたちは、彼に追われることがないことを知っている。


 その館の主が使用している寝室には、彼とは対照的な容姿を持つ光の守護聖、ジュリアスが共にあった。
 すでにジュリアスの方は起きあがり、手早く身支度を整えている。
なにかあわてている風でもあり、それを頬杖をついているクラヴィスの目線が追っている。
「言いたいことでもあるのか?」
 その視線を無視できずに、己から問うてしまうところがジュリアスの弱さでもあった。
「べつに」
 ジュリアスの、いささか芝居がかった口調に対して、クラヴィスのそれはどこまでもなげやりであった。
それがジュリアスの神経にさわるのを、知っていてわざとであるのかどうかは知り得ない。
しかし、ジュリアス本人にとって、それはからかい以外のなにでもなかった。
「言いたいことがあるなら、はっきりと言うがいい!」
 激したジュリアスを、ゆっくりと見つめ返す。怒りをのせたその表情すら、鑑賞に値する、と言いたげに。
「おまえは・・・!」
 常に冷静である、と公言してはばからないジュリアスが、その実激しさをひそませていることは周知の事実だった。
それをあおるのも、誰か、ということも。
「なにを怒ることがある?行かなくてもいいのか?夜が明けるというのに」
 ゆうるりとその手が、二重のカーテンの隙間からこぼれている光をさす。
ジュリアスは思わず身を凍らせ、即座に扉へと体を向けた。
 そして一刻も早く、という風に足を進ませる。その後ろ姿をみやりながら、クラヴィスは低くつぶやいた。
「また、楽しみたいものだな」
 それはジュリアスの思考を一瞬止めはしたが、振り返らせるほどの効果をもたらさなかった。
 なによりもジュリアスには、ここにいることを誰かに見とがめられはしないかというおびえが優先したせいであった。
「無駄なことを・・・」
 急いでいるわりには音もなく閉じられた扉に向かって、クラヴィスが毒づく。
 光の守護聖の動向が、どれだけ人の注目を浴びるかを本人だけが自覚していないのがおかしく思えるからだ。
どうして隠しおおせるなどと、思えるのだろう。それはジュリアスだとて、気づかぬはずはないのだ。
おそらく気づかれていることをこそ、認めたくないのだ。

「よろしいでしょうか?」
 扉の向こうから、穏やかな声が届く。
「構わぬ」
 先ほどジュリアスが出ていった扉から、伏し目がちに水の守護聖・リュミエールが姿をのぞかせた。
「お飲みになられますか?」
 持っているトレイの上には、紅茶を入れる道具がそろっている。
「もらおうか」
「はい」
 窓際に置かれたテーブルにトレイを置くと、沸かしたてのお湯をそそぎカップを温めはじめた。
「お帰りになられたのですね」
 ふと、リュミエールの目線がクラヴィスの横たわる乱れたベッドに留まる。
すぐに移りはしたが。
「嫌みか?」
 笑みすらたたえて、クラヴィスが問う。
「いえ」
 リュミエールは即座に返した。その手はリュミエール自ら選び、届けさせた紅茶の葉をポットに入れている。
「オスカーあたりが遠乗りの誘いをしていることでしょう」
「懲りもせず」
 それはリュミエールを指しての言葉にも聞こえた。
こうして、ジュリアスが去ったあとに訪れるようになってどれくらい経つのだろうか。
もとより、ジュリアスが現れる以前より彼はここにいるのだが。 
そしてオスカーは、ジュリアスが闇に乗じて姿を消した翌朝にはなぜか遠乗りへと連れ出そうとする。
リュミエール、オスカーそれぞれに含みがあることはさすがに否めない。
「どうぞ」
 かぐわしい香りが一瞬、クラヴィスの鼻孔をくすぐった。
リュミエールのいれた極上の紅茶に誘われてゆっくりと起きあがる。
とりあえずといった感じでローブだけはおり、リュミエールの向かいに腰をおろした姿はなかなかに扇情的であった。
 しばし紅茶で喉をうるおし、カーテン越しにもまぶしくなった光を眺めた。
「おまえのいれた紅茶を飲まずに帰るとは、惜しいことだな」
 リュミエールはなんとも判じがたい、という表情を作る。
ジュリアスにとっても、リュミエールにとっても、それは耐え難いことに違いないだろう。
「あの方でなければ、ならないのですか?」
 迷って、それでも答えを求めてしまう。
「そうだな」
 明瞭な否定に、リュミエールは幾度目かの失望をかみしめる。
これまでにもこうしてクラヴィスをわずらわせてきたのだ。
「わたくしでは、いけませんか?」
 ここに、こうしているわたくしというものをどうして求めてはくれないのか。
リュミエールは、おそらくクラヴィスに一番魂の近しいものだと自負している。
ずっと穏やかな時も、こうして共有できるというのに。
「おまえは、私に近すぎる」
 リュミエールの心を見透かしたような言葉。クラヴィスは、未練など断ち切るように否定する。
「私が求めているものは、別のものだ」
 おそらく、リュミエールが求めるならたやすく彼は抱き寄せてもくれるだろう。
一時は、なにかしら慰めを見出すかもしれない。
だがそれだけなのだ。
クラヴィスが求めるものは、ジュリアスからしか得られぬらしい。
「そうですか」
 つとめて自然にそう口にした。落胆の色がのせられても、クラヴィスは気にしないだろうが。
 二杯目を、静かに注ぎ入れる。クラヴィスはそれを傲然と見続けている。
おそらく、そうまで言われてもリュミエールが変われないことを知りながら。
何度、ジュリアスがここに訪れようとも、本来の頑なな性格のままにリュミエールは待ち続けるのだろう。


 一方で、やはり、と言うほかなかったが、オスカーが遠乗りへと誘いに現れた。
これもまた、ジュリアスの帰りを待っていたかのようなタイミングの良さだった。
「おはようございます。ジュリアス様」
 そう、声をかけられたとき、ジュリアスは微妙にうろたえてみせた。
いつもいつも、こうして間の悪いときに遠乗りへと誘うオスカーにおびえすら覚えたのだ。
 知っているのではないか。
 それはなによりジュリアスが恐れるものだった。
女王陛下に仕えるものとして、これまで築いたすべてを失う一瞬であるかもしれないからだ。
 だが、オスカーはその様子を問いただしもせず、誘い文句を並べる。
確かに、こういった気分のときには聖地を一望の下におさめるのもよい薬となった。

 オスカーに誘われるままに馬を出し、その背にまたがって二人がいつも訪れる峰へと向かう

 途中、無駄な話しをしないところもジュリアスがオスカーを側に置く所以だった。
だが、オスカーにしてみればどうしても口を開くと、その疲れた様子の原因を聞きたくなる衝動にかられるのだから、
口も重くなるというものだろう。
 リュミエールとは違った意味で、オスカーもジュリアスを見続けている。
リュミエールはクラヴィスの安らぎになりたい、と思っているのに反しオスカーは、ジュリアスにいつまでも毅然とした
態度を求めていた。

 自分の上に立つ、と唯一認めたからでもある。密かに、女王陛下に仕えるというよりも、彼はジュリアスに従うという
意志を持っているからでもある。そのジュリアスが、なにを間違えて闇の守護聖などの館に赴くのか、今持って彼は理解
できないでいる。しかし、それによって二人がなれ合うこともなく、任務に支障をきたすこともないので静観している、
というのが現状だった。

 だが、いずれ排さねばならないとは思っているが。


 峰の頂上にたどりつくと、ジュリアスもオスカーも覚えずほうっとため息をついた。
すでにその姿の全容をのぞかせている朝日に照らされた聖地がこのうえもなく神聖なものに見える。
 女王陛下が統べる世界の中でも、特に選ばれた聖地。ここよりその全貌を伺い見るにつれ、ジュリアスなどは気が引き
締まる思いがする。

 私は光の守護聖として、ただしく皆を導いていっているだろうか。その輝きに曇るところはないだろうか。
皆に等しく光が与えられているだろうか。 ジュリアスはそうして何度でも初心にかえった。
それが彼本来の生真面目さのあらわれであった。
選ばれたものとしての、自覚と自戒。彼はそのすべてをあますことなく、女王陛下と、全世界に捧げるつもりだった。


 だが、ジュリアスにすら白日の下にさらせぬことがあった。強いて闇、とは呼ぶまい。彼には闇の宿る拠り所がない。
それでも、クラヴィスの下へと走る姿は、なにかしら己の中に別のものが宿っているように感じる。

「見事なものですね」

「ああ、美しいものだ」

 微笑んで見せて、そしてジュリアスは昨夜の己の姿に眉をひそめる。おそらく、誰もがなぜ?と問うだろう。
知り得た者は、誰しもが疑問に思うだろう。

 だが、ジュリアスにとって確かにクラヴィスの下へと向かうことが必要なのだった。それは認めてはいる。

 初めは強引なものだとしても、その後通っているのは彼の方なのだから。 
クラヴィスを認めているわけでも、ましてやこれが愛というものだとは思えない。それでは、なんのために?

 その答えは、ジュリアスとクラヴィス二人にしか知ることはできないのだろう。

 抱き合う、その時に彼らには開放が訪れる。
それは長い時間得られるものではなく、ただほんの一時、二人に感じられるなにかであった。

 その感覚を、ジュリアスは他で得られたことはなかった。
もっと言うならばそれはクラヴィスと寝台を共にすることで始めて得られたものであった。

 それが忘れられない。

 それが刹那であればあるほどに、求めてしまう。
おそらくクラヴィスも同じ思いなのだろう、その時だけはまるで同じ血を肉をわけたものであるように感じられる。
すなわちクラヴィスの思いはジュリアスのものになる。

 二人は同じ快感に溺れ、波にさらわれる。


 そして、不思議なことにそうあればあるほど、個に戻ったときにお互いを憎んだ。
あれほどわかりあえたものが、どうしてそうなるのか。それとも離れ、共有できないと知ると苛立つのか。

「ジュリアス様?お加減でも悪いのですか?」

 身を震わせたジュリアスを伺う。オスカーには存分にその理由はわかっているのだが。

「心配ない」

 言葉少なに、オスカーを拒む。オスカーが気づいていることに、ジュリアスは気づかぬふりをする。
そうしなければ、今までの関係を保てないからだ。 弱い自分を、さらけだせるほどジュリアスは強くなかった。
そして独りでいることに耐え難くなったときに、彼は闇の守護聖のもとへ急ぐのだ。

 自分という人間のおろかさが、そこにあるのだとわかっている。
だが、それでもこれまで隠しおおせてきたではないか。

 例え、女王陛下がそれをすべてご存知だとしても。
彼を未だに光の守護聖の座を追わないところを見ると、それを承知のことなのだろう。

「そろそろ、戻るとしよう」

「はい」

 そして二人はやがて来る女王試験へと話題をうつす。
女王の力にすら限りがあり、やがていくらも待たずに滅びがこの世界に忍び寄るという事実は、ジュリアスに
安堵をもたらす

 女王すらそうであるなら、この不肖のジュリアスが惑うものであってもしかたがないのではないかと思いながら。

 そして一方で、なにもかも女王に捧げそれにのみ専念したいと願い。
他方ではそう遠くない日に、闇へと走る己を予感しながら・・・


 


いただきもの/国岡じゅん様作/アンジェリーク〜刹那の殺意

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